第70話
目次
第69話のおさらい
仕事中ぼーっとするようになった近藤。
そんな近藤の様子を、そばでじっと見ているあきら。
近藤が銀行に出かけると店を出たタイミングで休憩をとっていると、勇斗があきらに糸電話を渡す。
事務所から外に出た勇斗と、事務所内にいるあきらとで距離をとって糸電話で会話をする二人。
他愛もないやりとりを一つ二つ交わした後、あきらは勇斗に近藤の誕生日を問いかける。
しかしわからない勇斗は、再び近藤の誕生日に関して細かく質問する。
『僕の誕生日は1月5日ですよ。』
驚くあきら。
事務所の外で糸電話を持ってあきらに答えたのは近藤だった。
誕生日を近藤に問い返されたあきらは6月21日だと答える。
糸電話が切れ、事務所に入って来た近藤が笑顔で口を開く。
「雨の多い季節に、生まれたんだね。」
戻りが早いことをあきらが近藤に問うと、目的地である銀行が既に閉まっていたからだった。
あきらは近藤が1月5日生まれだという欲しかった情報を得てご機嫌。
しかしその気持ちも長続きはしなかった。
あきらは、最近の近藤が目の下にクマを作りつつも充実した表情をすることが多くなった近藤の笑顔や後姿を思い出す。
あきらはその見当が全くつかず、自宅の自室のベッドの上で枕に顔を埋める。
夜遅くまで小説を書く近藤。
翌日再び糸電話をするあきら、近藤、勇斗。
また糸が切れてしまう。
切れた糸電話を口にあるあきら。
「この頃店長のこと見てると、あたし少しさみしいです……」
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第70話
(17歳です。)
自然なあきらと満面の笑顔の町田すいの顔がちひろの脳裏でリフレインする。
ベッドの上で傍らの猫と共に、ちひろは右手で頬杖をついて横臥している。
左手で開いた文庫本は腹部に伏せられている。
(17歳……)
文庫本に目を通すことなく、ただ中空を見てあきらや町田すいの事を考えているちひろ。
猫の隣に無造作に置いてあったスマホに町田すいから連絡が入る。
九条先生こんにちは!
よかったら今日これから
飲みに行きませんか?
スマホを持つ手に猫の手がかかる。
ちひろはスマホを構えたままあぐらをかいている。
猫はちひろの腹部に縋りつき何度も蹴る。
(17歳…)
改めて17歳に脅威を覚えるちひろ。
町田すいと待ち合わせ
街中。
「九条先生――!」
町田すいが笑顔でちひろを呼ぶ。
「……」
ちひろは町田すいを睨むようにジッと見つめる。
町田すいは、いい店あるんですよ、とちひろを先導する。
おう、と戸惑い気味に返事をしてちひろは町田すいについて行く。
ファミリーレストランガストン。
テーブル席に向かい合う二人。
町田すいは店員にドリンクバーを二つ注文し、ちひろに対して奢るから何でも注文してくださいと笑顔向ける。
「お、おう…」
内心で、17歳…、と複雑な気持ちが整理しきれないままのちひろ。
「いい店って…ファミレス?」
町田すいは、このファミレスは作業していても追い出されない、と理由を説明する。
フーン、と納得した様子のちひろを、町田すいは頬を紅潮させてじっと見つめる。
「あっ、あの俺! 九条先生の小説スッゲー好きで!! 全部読んでます!!」
熱の籠った言葉をちひろにぶつける町田すい。目線はちひろに向けることが出来ないでいる。
頬を紅潮させ、緊張した面持ちで目を伏せる町田すいの様子を見るちひろ。
「フ、フーーーーン」
ちひろもまた頬を赤くして、照れ隠しのように町田すいから視線を逸らす。
ぐんぐん上がる町田すいへの好感度メーター。
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ベストセラーに相応しい町田すいの迫力ある言葉
ところで町田くん、とちひろが話を切り出す。
「君の同級生で45歳のオッサンとつき合ってる女子とかいる?」
町田すいは、そもそも男子校だからわからない、と頭をかく。
あ、そう、と反応するちひろ。
「ていうか、そう、男子校!」
さらに上がる町田すいへの好感度メーター。
顎に指をあて上機嫌な様子のちひろに町田すいが話を振る。
「九条先生。」
「なんだい?」
「将来何になりたいですか?」
ガクッとちひろの頭がブレる。
「あのね町田くん、俺こう見えても45歳なんだけど…」
将来も何も…と続ける。
「えっ!? ないんですか?」
意外そうな反応をする町田すい。
「俺いっぱいあるけどな――…遺跡発掘とか絵画の修復士とか――漫画も描いてみたいし――」
怪訝そうな目で町田すいを見つめるちひろ。
「ユー〇ューバーもやってみたい…」
「あのさ町田くんっ!」
笑顔で語る町田すいにちひろが口を挟む。
「君 仮にもベストセラー作家なんだぞ? まさか軽い気持ちで書いてこの売れゆきな訳!?」
笑顔を作りながら問いかけるちひろ。
だとしたらおじさん怒っちゃうぞ、と付け加える。
町田すいはムキな表情を作り、全部本気だとちひろの言葉を否定する。
「本気で言ってるし、本気でやりたいんです! だから本当に、時間が足りないんですよ。」
「……」
町田すいをじっと見つめるちひろ。
「まぁ…俺 昔から小説以外やりてーことないけどそれでも時間は足りねぇよ。」
咥えた煙草に火を点ける。
「”人生は何事もなさぬにはあまりにも長いが何事かをなすにはあまりにも短い”」
煙を吐く。
「『山月記』ですね!」
笑顔の町田すい。
「将来を語るには俺は年をとりすぎた。」
目を閉じるちひろ。指で挟んだ煙草から煙が立ち上る。
「正直17歳の君が羨ましいよ。」
きょとんとした表情でちひろをじっと見つめる町田すい。
「…」
小声で何かを呟く。
「”僕は17歳だった。”」
ちひろは町田すいに視線を向ける。
挑戦的な表情でちひろを見つめたまま続きを諳んじる。
「”それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい。”」
「『アデン・アラビア』ポール・ニザン。」
出典元を答えるちひろ。
「ですです!」
町田すいは楽しそうな声音で答える。
「正しくは”僕は二十歳だった”ですけど。」
(やるじゃねーか。)
ちひろは思わず町田すいから視線を逸らす。
「俺よく若い若いってまわりの大人に言われるんですけど、正直年ねんて関係ないと思うんです!」
目に力を籠めてちひろに向けて力説する町田すい。
(……)
ちひろは煙草を指で挟んだまま、町田すいをじっと見つめる。
(そう言えるのも若いからだという自覚はあるのか…?)
「九条先生だって美しいじゃないですか。」
思わぬ言葉に、へ? と間の抜けた表情で町田すいを見つめるちひろ。
「45年間、ひとつのことに打ち込んで…それってすごく、美しいと思います。」
町田すいはちひろに尊敬の眼差しを向ける。
ちひろはじっと町田を見ていた。
町田すいの真っ直ぐな言葉に心打たれるちひろ。
へへっ、と笑う町田すいは耳まで赤くしている。
(17歳か…)
「町田すいくんはさァ~」
「あ、あの…」
頬を染めながら話しかけるちひろに町田すいが割り込む。
すいというペンネームが恥ずかしいから本名で呼んでもらっていいですか? と断る町田すい。
ちひろは、そーなの? 本名なんてーの? と問いかける。
「あきらっていいます。」
後頭部に手を回して満面の笑顔の『町田あきら』。
「翠って書いてあきら。」
音読みだとすいなので、と付け加える。
ちひろは、がしっと町田の首に腕を回す。
「気に入ったぜ17歳のあきら。仲よくしようじゃねーか。」
ファミリーレストランガストンにちひろの高笑いが響く。
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いつもと違うあきらの様子に機敏に反応する諸星と高山
諸星整骨院。
諸星先生がキラリと光る笑顔をあきらに向ける。
「今週の診察おわり!」
ありがとうございます、と笑顔のあきら。
一瞬の間のあと、あの…、と何かを切り出そうとする。
「…………」
言葉を止め、コートを持ち、椅子から立ち上がる。
「いえなんでもないです。ありがとうございました。」
診察室を後にするあきら。
あきらの出て行った出口を見つめたまま諸星が傍らで同じようにしている看護師に声をかける。
「高山さん。」
はい、と返事をし、診察室を出て行ったばかりのあきらに高山が声をかける。
「あきらちゃん!」
振り向いたあきらは高山から何か冊子のようなものを受けとる。
ニヤニヤして近藤をからかうちひろ
コーポ白樺。
風が音を鳴らして吹きすさぶ。
散乱する原稿用紙。書き損じてくしゃくしゃに丸められたものも散らばっている。
近藤は、こたつで咥え煙草で執筆を続けている。
静寂の中、紫煙と執筆音が部屋中を満たす。
ピンポーン。
近藤の部屋のチャイムが鳴る。
近藤がドアを開けるとそこにはニヤニヤと笑顔を浮かべたちひろが立っている。
「なんだよ。」
軽く威嚇するようにちひろを見る近藤。
「上がるぞ。」
そんな近藤に構わず、ニヤニヤとした笑みを浮かべたままちひろが部屋の中に上がりこむ。
近藤はうろたえて、ちょっと待って、とちひろを制止する。
脳裏には執筆中の原稿用紙が思い浮かんでいる。
「外!! 外で話そう!!」
貼り付けたような必死な笑顔で両手をちひろに向けて侵入を防ごうとする近藤。
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近藤をからかいまくるちひろ
外に出た二人。
橋の欄干にもたれかかっている。
近藤はブラックの缶コーヒーを傾けてようとしていた。
「お前さぁ…」
ちひろが切り出す。
「まさか17歳の橘あきらが部屋にいるから上げられないとかじゃねーだろなァ。」
近藤は口に含んでいたコーヒーを毒霧の如く吐き出す。
「ちげーーーよッ!」
必死になって否定する近藤。
「ってか17歳って誰から…」
「こないだ本人にきいた。」
ちひろはさらっと答える。
「……!!!」
(橘さん…やっぱりちひろと話したんじゃん…)
欄干にもたれかかってガクッと肩を落とす近藤。
「17歳ね~~~」
言っとくけど! と近藤が切り出す。
「橘さんと俺は別に何もないからな!」
友だちだから、と付け加える。
「そーなの? フ~~~ン?」
まともにとりあおうとしないちひろ。
まぁでも…、とトーンを落として言葉を続ける。
「鈍った心を動かすパワーがあるよな、17歳って。」
「俺ももっと高く翔べるんじゃないかって思わせる…」
そう言ったちひろの横顔をどこか意外そうに見つめる近藤。
「お前それ以上まだ翔ぶ気かよ。」
ちひろは一瞬間を置き、近藤を横目で見ながら、にっ、と嫌らしく笑う。
なんだよ、と問いかける近藤に、べっつにィ~~? とちひろはおどけてみせる。
「こっちのあきらのハナシィ~~~」
「こ、こっちのあきらって?」
真面目な表情で問いかける近藤。
「おしえぬぁーーーーーい♥(ハート)」
ちひろは、俺にも色々ありますのぃ~~~、とまともに答えない。
橘家、あきらの部屋。
「リハビリを始めるあなたに」というタイトルの、諸星整骨院の配布している冊子がベッドの上にある。
あきらはベッドに横向きに寝転がりながら冊子を開く。
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感想
町田すい改め町田翠(あきら)くんは同年代からするとちょっと違う、感性もあり、野心もある好青年だった。
作品の良さがイマイチ理解できず、いけ好かないと思っていたちひろが短時間で町田の事が気に入ってしまった。
元々ちひろは同年代の一般的な男に比べれば野心があり、若さがあるように思っていた。
しかし同時に45歳という年齢に対してある種の諦めを抱いていたことが町田との会話から感じられる。
ちひろは町田が「年なんて関係ない」と海外の作家の言葉を借り、力を籠めて語るのを冷静な目で見ながら、内心で、それは若いから言えることであり、その自覚があるのだろうかと観察するような視線を町田に向けている。
しかし町田はそんなちひろの老成した心を、ちひろだって美しい、と真正面からぶん殴って崩してしまう。
本来、生意気とさえ感じられるはずの町田の言葉が、しかしちひろの胸を確かに打った。
何の衒いも無く、素直に感じたままにちひろに向けてその生き方を美しいと言ってのける純粋さ、強さにちひろが中てられたような感じがある。
きっとちひろ町田から何か知らの、とても良い刺激を受けたであろうことが感じられる描写だった。
そしてあきらはようやく本格的な復帰の為のステップを踏み出した。
リハビリ開始のための情報を積極的に求め始めたあきら。
これからリハビリを行っていくんだろうけど単純に、もうバイトに行けなくなるんじゃないかと思った。
近藤と自然な形で会えなくなってしまうからそれは可能な限り避けようとするんだろうけど、リハビリが上手くいって実際の陸上の練習をすることになったらもうバイトには行く暇はないだろう。
少しずつ、あきらと近藤を取り巻く環境が変化していく。
あきらはアキレス腱のリハビリ。そして実際の競技へ。
近藤はそれまで止めていた小説の執筆。
それぞれの成すべき事に向かって前進しているが、あきらと近藤の仲はかえって離れていくような気がしてしまう。
恋の行方はどうなるのかな。
そろそろ近藤の誕生日になるはずだから、そこで何が起こるかが楽しみ。
以上、恋は雨上がりのように第70話のネタバレ感想と考察でした。
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