第39話
小雨の降る中、ラーメン屋で見たテレビの番組にゲストとして出ていたちひろ。小説とは? というインタビュアーの質問に恋人のようなものです、と答えるのを近藤はラーメンを食べる手を止めてじっと見ていた。かつては俺もそうだった……。近藤が書斎にある自分の過去に向き合う。
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「Q.あなたにとって小説とは?」「A.恋人のようなものです」
(そういうものって誰でもあると思うから。)
しとしと雨の降る中、近藤は一人ラーメン屋「山猫軒」で注文したラーメンが来るのをぼーっと待っていた。
「はい、おまちどおさん。」
近藤が割り箸を割って、運ばれてきたラーメンを食べ始める。
店員のおばあちゃんがテレビのスイッチをつける。
何気なくテレビを見つめる近藤。
「それでは改めまして、本日スタジオにお越しいただいております――」
「作家の、九条ちひろさんです。」登場したのはちひろ。
突然のちひろの登場に、近藤は食べていたラーメンを吐き出す。
「どうも。」ちひろが挨拶する。
「九条さんのとって、小説とはズバリなんなのでしょうか?」
「難しい質問ですねぇ…」
おばあちゃんにティッシュを差し出される近藤。
「僕は小説と共に歩んできました。」
近藤はラーメンを食べている。
「楽しい時も、つらい時も、ずっと小説を書いてきました。」
画面を見てラーメンをすする。
「僕にとって、小説は…」
「恋人のようなものです。」誇らしげな表情で女性インタビュアーの質問に答えるちひろ。
ちひろの答える様を映しているテレビ画面を、近藤は、ラーメンを食べる手を止めてぼーっと見つめている。
「それはきっと、この先も変わりはしません。」
「わぁ~~! では、ずっと両想いの関係ってことですね!」女性インタビュアーが返す。
「いやぁ、そう思っていただけるものをかき続けたいですね…ははは」
「本日のゲスト、九条ちひろさんでした!」
番組が終わっても近藤はすぐにラーメンを食べる手が動かない。
「……」
少しおいて、近藤は一気にラーメンを平らげて勘定を置いて店を出る。
かつては同じ学校で同じサークルの仲間だったちひろが、小説家になって多くの人に読まれるようになった結果、テレビにまで出ている。
片や自分は、小説への情熱があったはずなのに芽が出ず、ファミレスの店長をしている。
近頃は作品を完成させることも稀になってしまった。
現在の地位の違いにショックを受けないはずがない。
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「俺の文学への想いは、誰も救うことはできないのか。」
小雨の降る中を傘をさして帰っていく近藤。

コーポ白樺の自室に戻る。
(かつては俺もそうだった。)
「1990~」と書かれた段ボールが絨毯の上に置いてある。
クリップで留められた原稿用紙の束が積まれている。
(四六時中小説のことを考えて、書きまくっていたあの頃。)
近藤は、書斎であぐらをかき、段ボールや原稿用紙に囲まれながら、原稿用紙をめくっている。
(荒いな~)フッと笑う近藤。
(でも、楽しかったな。)
(これより前のはどこにやったのかな…)本棚の上を漁る。
(実家に送っちまったっけか…)
「お、うわっ!!」
本棚の上で、段ボールがぐらっとバランスを崩す。
「わ――――ッ!!」大量の原稿用紙が近藤に降り注ぐ。
「つゥ~~~」手を頭に当てて痛がっている。
「でッ!!」バコン、と中身の入った箱が近藤の頭を直撃する。
落ちてきた箱の中身が絨毯の上に撒かれている。
その中から元妻と勇斗の小学校入学式の写真を拾い上げる。
光るものが2枚拾っていた写真の間から近藤の前に落ちる。
拾い上げたのは指輪だった。指輪を見つめる近藤。
(それがいつからか、俺の片想いになってしまった。)
(それでも追って追って追いかけて、まわりの人間も傷付けて…)
入学式の勇斗の写真を見つめる近藤。
茫然としている近藤の背後に若き日の自分が立ち、自分を見下ろしている。
「俺の文学への想いは、誰も救うことはできないのか。」若き日の自分が今の自分を見つめている。
近藤はちらかった原稿用紙や写真をすべて箱に収めた。
本棚の上に箱を乗せる。
段ボール箱の中の過去の自分。楽しかった日々と同時に、その思いの延長が結果的に自身の大切な人に犠牲を強いてきたことも思い出す。
家族との時間を犠牲にして小説を執筆していたのか?
近藤の過去の暗部が感じ取れる。
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「そんな店長だからです。」
近藤は事務所の外で煙草を吸っている。
下を見て、はぁーーー、と長く煙を吐き出す近藤。
自分の足元をじっと見ている。
想い出すのはあきらの顔。
(別にいいと思います。)
(そういうものって誰でもあると思うから。)
「店長」下を見ていた近藤にかかる声。
前を向いた近藤。傘をさした学生服のあきらが立っている。
「お疲れ様です。」あきらが近藤の目の前で立ち止まって挨拶する。
あ…おつかれ…、と力なく言う近藤。
「こないだはごめんね。俺一人夢中になって。」
近藤のことをじっと見て、話を聞いているあきら。
「橘さんのことほっぽっちゃって…申し訳ない…」
頭に手をやって謝る近藤。
「私は、店長といられて楽しかったです。」
はっとした表情で近藤はあきらを見る。
動かず、近藤を見つめ返すあきら。
「こ…こんな俺でも…?」
近藤は、思わずあきらに問いかける。
あきらは近藤をじっと見ている。
目をわずかに逸らし、下を見る。
「そんな店長だからです。」
煙草を吸うことを忘れてあきらの言葉を聞いている近藤。
あきらが再び近藤を見る。そして歩き出す。
「ああいうところ、もっと知りたいです。」
あきらが近藤の横を通り、事務所の扉を開けて中に入る。
バタンと閉じられた扉。近藤は煙草を持ったまま、じっと扉を見ている。
(許されたいなんて、おこがましい事は思ってはいけない。)
(それは当然のこと。)
「ハ…ハハ…。」近藤は弱弱しく笑う。
(けれどずっと…)
(誰かに言ってほしかった。)
(「それでもいい」と―――――)
「ありがとう。」近藤は、既にその場にいないあきらに感謝する。
そんなあなただからこそです、なんて自分を受け入れてくれるような言葉を言われたら嬉しいし、泣くね。
あきらが大人過ぎる。
まぁ、まだ社会を知らない学生だから理想だけを追うことができるとも言えるんだけど。
人を好きになるということはどういうことなのか。見る者に色々考えさせてくれる。
以上、恋は雨上がりのように39話のネタバレ感想と考察でした。
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