第49話
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休日の近藤
「近藤さんこんにちは~~」
はさみをチャキチャキ動かしながら訊ねる理容師。
「今日は仕事はお休みで?」
「ハイ。」
散髪直前でざんばら髪の近藤が答える。
「いつも通りでいいかしら」
「ハイ」
「アラッ近藤さん!!後頭部の円形脱毛症治ってますヨ!」
「えっ本当ですか!?」
「ヨカッタ~~」
チョキチョキ切り進めていく理容師。何かに気づく。
円形脱毛症が別の場所に出来ていることを発見。
(苦労してるのねぇ~)
悲しいなぁ。
でも自分は不思議と人生に愛着も湧いてくるやりとりだと感じるなぁ。
シェービングクリームを塗ってひげを剃る。
ヘアートニックをつけて終了。
「ハイ!できました!」
「……」
店から出る近藤。
「どーも。」
「がんばってネ!!」近藤を励ます理容師。
後頭部を触り、においをかぐ近藤。
「最後のトニック断ればよかった。」
「このにおいあんま好きくない…」
川沿いをトボトボ歩く。
理容師さんいい人だなぁ。
近藤は何のことだが全然分かってないけど(笑)。
元(?)小説家志望が「好きくない」とか言ってていいんか(笑)?
この表現を使ってていいのは子供までだと言う偏見が自分にはありますがおかしいでしょうか?
(肉はもたれるからなァ…)
「シャケ弁ください。」
「490円です。」
自室の鍵を開けようとしている近藤。
回想。
バンッ
強く閉じたロッカーに手を預けたまま言うあきら。
「他にやりたいことなんて、ありません。」
回想終了。
あきらがいざという時に激しい感情を見せることは知っている近藤だけど、この回想シーンに関してはこれまでとは少し異なった顔を見せた瞬間だし、気になるよなぁ。
いつもは冷静に見えるあきらの触れられたくない部分なんだろうな。
近藤にはあきらの悩みの詳しいところは分からないけど、何かが引っかかっているということだろう。
そして、できればあきらのために何かが出来ないかと常に考えているんじゃないだろうか。
近藤の元を尋ねた人物
ピリリリ
「もしもし」
電話をとる近藤。
「今から会えますか…?」
「え…」
近藤の肩を触る手。
近藤が振り向くとほっぺたに指を突きつけてくる九条ちひろだった。
「来ちゃった」
近藤と同じ年のおっさんなのにかわいいじゃないか。
近藤とは対照的にまだ外見的にも気持ちにもみずみずしさがあるところが特徴だな。
まさかここで絡んでくるとは思わなった。
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「っつたくびっくりさせんなよな~」
やかんをコンロにかける近藤。
「急に来られても何もないぞ。」
「なんでハムスター?」
ハムスターの籠を見ながら問うちひろ。
「ハムスターのためにその部屋禁煙な。」
「げーー」
「吸うなら隣の部屋かベランダで。」
指定された部屋に入るとちひろは原稿用紙を見つける。
見つけてしまったあの頃の近藤。
小説家になったちひろはこの大量の本と原稿用紙に何を思うんだろう。
ちひろを呼ぶ近藤。
「ん~~」煙草を吸いながら返事するちひろ。
弁当を広げる近藤。
「昼メシまだなんだよ食っていい?」
茶をすするちひろ。
「どーぞどーぞ。」
「お前、仕事のほうどーなの?」
食べ始めた近藤に聞くちひろ。
「あ?」
「どーもこーも…別に……」
「こないだ会議で大事なファイル忘れちまってさ~~」
ダハハハと笑う近藤。
「それ大丈夫なのかよ。」
若者同士のやりとりみたいだけど、おっさんも実際こんなもんだと思うよ。
とはいっても、お互い若いころを知っている者同士だからこそのこの気楽な会話と言えるかもしれない。
「…………」
ごそごそと傍らの袋から何かを取り出すちひろ。
「この作家知ってるか?」
猫と釘(町田すい)と書かれた本。
「あー、最近人気の新人作家だろ? 読んだことないけど」
弁当を食べながら答える近藤。
「これがどうかしたのか?」
止まる時間。
「ここ禁煙。」
注意されたちひろは頭をこたつに打ち付ける。
「わからねぇんだ。こいつの本の面白さが。」
それなりに売れている小説家であるちひろだからこそ深刻な悩みなんだろう。
「でも俺ににゃわからない。」
「フーーーーン」口中の食べ物を噛みながら答える近藤。
「わからないと何かマズいのか?」
「マズイだろっっ。」こたつの天板を叩いて起き上がるちひろ。
「今の流行がわからんってことは自分が古くなってるってことだろッ!!」
「フーーン。」と近藤。
「フーンてお前ねぇっ。この気持ちわからない!?」
「お前もモノ書きの端くれだろっっ」
小説家は時に時代に左右されない普遍的な作品を残すから芸術家でもあるんだけど、少なくとも売れる本を書かなければ次の仕事が無いことから、直近でヒットさせて利益を出すという、ビジネスマン的な思考から多かれ少なかれ持たなくてはいけない。
世の中のトレンドを決して無視できない立場であることは分かる。
そもそもその時代時代を切り取ることも小説の価値のひとつでもあるだろう。
何より、自分の作品が世の中にウケたいと思うのは当然だよなぁ。
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正直な人生
「業界のこととかわかんねーもん。」
「業界内だけじゃねーーーの!!世間も評価してんのッ!!」
ちひろは近藤に猛烈に迫る。
「あ…そう。」
倒れるちひろ。
「~~~~~~ったく」
気を取り直すちひろ。
「お前、今日休みでガキと会わねーの?」
「あーーー」
笑いながら弁当を食べる近藤。
「今日は友達と遊ぶから俺とは会えんのだと。」
「なんつーか、子供の成長ってはやいよなァ…」
自分はちひろと違う。
さっぱりとしたある種の諦観が近藤の小説への情熱を冷ましているように思える。
子供がいるし、生活もある。
小説に関わっている無駄な体力気力なんかない。
それでも隣の部屋から分かるのは往時の情熱の熾火が消えていないということ。
ふと傍らに目をやるとぐちゃぐちゃの衣類。
ハムスターの籠。カーテンレールにかけられたスーツやタオル。
ちひろが、食べ物を箸で口に運ぼうとしている近藤に向けて言う。
「近藤ってさ…」
「正直な人生だよなァ。」
右手で頬杖をついて中空を見ながら言うちひろ。
小説家だからこその指摘なのだろう。
時代に取り残される恐怖と一人で対峙し続けるのに疲れ、飾らない近藤の人柄に触れていたかったのかもしれない。
あきらが惚れたのも決してこういうところと無関係ではないだろう。
若干戸惑いつつ問う近藤。
「そうだよ。」
頬杖をつき、中空から視線をそらさないまま再びちひろ。
「あの部屋だって、未練じゃなくて執着なんだ。」
一瞬止まる二人の間に流れる時間。
「なんかすまん…」あやまる近藤。
「俺にあやまるな!」近藤を見て言うちひろ。
未練じゃなくて執着。
似たような言葉だが、前者は消極性、後者は積極性を感じる。
少なくともけなしているわけではなく、近藤の小説への想いが生きていることを肯定的意味合いから指摘したのだろう。
しかしいい関係性だな。
久しぶりに会ったからこそ良い発酵具合だったのかもしれない。
この関係は今後長く続くだろう。
近藤が頑張って作品を仕上げてぜひちひろに読ませて上げて欲しいなぁ。
そういう展開も面白いが、やぱり無理でしたというのもまたリアルで面白い。
今後の展開が読めないってのはいいね。
以上、恋は雨上がりのように49話のネタバレ感想と考察でした。
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