第40話
青空古本市以来、近藤はあきらを意識するようになっていた。気づかない内にあきらの姿を目で追い、目が合うとドキッとする。あきらと近藤の仲は着実に進展していた。そんな時、あきらが料理を持って行った先の席に座っている知らない学生服の女の子があきらの名前を呼ぶ。
前回39話の詳細はこちらをクリックしてくださいね。
あきらを意識してしまう近藤
あきらを撫でていくように、一陣の風が吹く。
場面転換。ガーデン。
「金木犀の香り?」
「うん。来る時、どこからか香ってきた。」嬉しそうなあきら。
「いいにおいだよね―――― あたし金木犀大好き――――」ユイが笑顔であきらに同意する。
「3番お待ち~~~」大塚が出来たばかりのハンバーグを差し出す。
近藤は、はい~~~、と気の抜けた表情でハンバーグを受けとろうとしながら、目はユイと満面の笑みで会話しているあきらを追っていた。
あきらのことをじっと見続けている近藤。
あきらがそんな近藤の視線に気づく。
近藤はあきらの視線にドキっとして、
思わずハンバーグを乗せているアツアツの鉄板に思いっきり親指を押し付けてしまう。
近藤は、ぅあっちィ~~ッ!! と大声で悶える。
近藤は、明らかにあきらのことを意識している。この分じゃ、自覚は無いだろう。
大丈夫大丈夫、ハハハ、と弱々しく笑いながら強がる近藤。
ユイがいたそーと近藤の傷を見ている間、あきらがポケットを探っている。
親指をフーフー吹いている近藤に「指出してください」とあきらが呼びかける。
あきらはペタペタと近藤の指に絆創膏を巻いていく。
近藤は頬を若干紅潮させ、ありがとう、とお礼を言う。
静かに微笑をたたえているあきら。
大塚が早く持ってってよとあきらたちに声をかける。
あたし持って行きます! とあきらが志願する。
「……」
近藤は、絆創膏を巻かれた親指を眺めている。
あきらが近藤に向ける微笑があまりにも美しい。女神はガーデンに実在したのか。
スポンサーリンク
秋の訪れと共にあらわれた女の子
「お待たせいたしました。和風ハンバーグセットでございます。」
笑顔で接客するあきら。
ハンバーグをテーブルに並べるあきらの顔をじっと見つめる学生服の女の子。
あきらはその視線に気づかず料理を用意している。
ふと自身を見る視線に気づくあきら。
女の子と視線がバッチリ合う。
じ――――っとあきらを見つめる女の子。
不思議がるあきら。
女の子は今度はあきらの胸のネームプレートを見る。
「ごゆっくりどうぞ。」
一礼して立ち去ろうとするあきらに、女の子が声をかけてくる。
「橘先輩?」
振り向くあきら。
「やっぱり!」
女の子の表情が輝いている。
「あの、あたし…倉田みずきっていいます!」
「南高陸上部の1年生です!」
最近ずっと大会で見ていなかったから気になっていたと言い、偶然会えたことに喜ぶみずき。
「……」
「でも…」
みずきから笑顔が消える。
「橘先輩。こんなところで何してるんですか?」
その言葉に立ち尽くすあきら。
あきらの表情からは、さきほどまでの近藤との幸せなやりとりの余韻は影も形もなく消えてしまっていた。
幸せそうなあきらの表情が一変してしまった。
自分を構成してきた重要な要素のひとつだった陸上。
陸上選手である自分のことを知っているみずきのような人間がガーデンにいると、嫌でも、今、自分が抱いている陸上への複雑な感情が想起され、ケガをして以来、学校で自分の居場所が失われていくあの感覚がよみがえってしまう。
ガーデンには働きに来ているし、好きな男性である近藤に会いに来ているというのも理由だろう。
だが、学校内で自らの居場所を奪ってしまった陸上からムリヤリ距離を置くためでもあるのだと思う。
「ずいぶん話してますねー。クレーム?」ユイが不思議そうにしている。
近藤はぼうぜんとあきらの後姿を見ている。
「ここでバイトしてるんですか?」みずきが立ち尽くしているあきらにさらに追い打ちをかける。
「部活、やってないんですか?」
「どうして…」
打ちのめされたように黙ってしまうあきら。
ただその場に立ち尽くす。
「……」
「ご、ごゆっくりどうぞ!」あきらは質問に答えず、一礼してみずきの元を離れる。
みずきは離れていくあきらを見ている。
あきらの後姿が、まるで助けを求めているように、泣いているように見えて来る。
少なくとも、ショックを受けていることは確かだろう。悲痛な感情が見えて来るようだ
素直で正直なあきらは、とりあえずその場では何でもない風を装ってその場を上手くやりすごすということが苦手なのではないか。
スポンサーリンク
「…ん」
「……さん」
「橘さん」
近藤があきらの隣に陣取る。
「大丈夫なの? クレームか何か?」
「あ…い、いえ、全然大丈夫です!」手を振ってなんでもないという意思を示すあきら。
「そう? ならいいけど…」近藤はそれ以上何も聞かない。
「あたしちょっと、トイレチェックしてきます!」あきらが近藤の元から離れる。
近藤は、そんなあきらの背中を見ている。
普段見ないあきらの打ちのめされたような姿。そりゃ何があったか気になるわな。
ましてや意識し始めた女性のことなんだし。
「お会計のほう、990円になりま――――す♪」ユイが笑顔で会計レジに立つ。
会計レジでみずきがあきらの働いている姿を目で追う。
何も知らないユイの笑顔が物語を読み進めるうえでの救い。
あきらの悲痛な様子は見てて辛い。
みずきも別に悪気があってあきらを色々問い詰めたわけではないんだろうけど、あきらを打ちのめすにはあまりにクリティカル過ぎた。
バイトを終えたユイとあきらが事務所の扉を開ける。
「おつかれさん!」二人に声をかける近藤。
あきらの顔を見るが、見えるのは後ろ斜めからの角度で、表情は見えない。
あきらはいつものように近藤を見ないでユイと事務所を出た。
窓を開けて二人の後ろ姿を見ている近藤。
親指の巻かれた絆創膏を見て、またあきらたちを見る。
絆創膏を巻いてくれた時のあきらの満たされたような表情。
そしてそのあとに見せた様子の落差。
気にならないはずがない。
「あ! 金木犀の香り!」笑顔のユイ。
「季節がめぐるのって、あっという間だね――――」
あきらは黙ってユイの言葉を聞いている。
右足を一歩踏み出す。
ラストのコマ。
あきらが右足を白い空間に踏み出している描写があるが、あれは、ケガをした右足で踏み出す一歩が、不安定な未来への一歩を踏み出す感覚を表現しているのだろうか。
陸上で輝いていた自身の過去を知る人間がガーデンに来たことで、あきらの作り上げたガーデンと言う居心地の良い居場所が失われるかもしれないという不安の表れなのか。
あきらの、陸上に対するトラウマにも似た想いは回復する時が来るのだろうか。
とりあえず、今は質問されただけであれだけダメージくらうんだから相当やられてるね。
恋愛だけではなく、一人の人間が再生していく物語としての側面も期待していきたい。
以上、恋は雨上がりのように40話のネタバレ感想と考察でした。
次回41話の詳細はこちらをクリックしてくださいね。
コメントを残す