第67話
第66話のおさらい
あきら、はるか、ともえの京都旅行二日目。
はるかは当初の目的だった、高校駅伝の花の第一区を走る。
その間喫茶店で時間を潰すあきらとともえ。
あきらはともえから借りていた「波の窓辺」を読んでいた。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
いくら考えあぐねても、『そうなってしまった』と言うほか答えはない。
ともえに、その小説家の作品は見る人によって違う面を見せると話し出す。
また大人になってから読むと違う感想が得られるかも、というともえに、あきらは苦しさ、つらさも時間が経てば変わるのかと問う。
ともえは、今はわからなくても、つらいものでも大人になると懐かしく愛おしいものに変わる、と静かにあきらに語り掛ける。
大人ってみんなそう言う、と少しだけ不貞腐れてように言って、小説を読み始めるあきらを、ともえは苦笑しながら見つめるのだった。
一方、ユイは一人自室のベッドの上で体育すわりをしてぬいぐるみに顔を埋めていた。
そこに姉が貸していたバッグを返して、と入っていく。
クローゼットにあると言われてそこを漁る姉は目的のバッグの隣に渡せなかったと思われるプレゼントを発見する。
それを見てユイの状況を悟った姉は、ぬいぐるみに顔を埋め、自分の世界に閉じこもっているユイに美容師になりたいなら失恋如きでクヨクヨするなと喝を入れる。
姉は、フリルもリボンもついていない、ユイらしくないコートを見て、自分の個性を大事に、あんたは十分魅力的だと諭すように言ってユイの部屋を後にする。
ユイはようやくぬいぐるみから顔を上げる。まだ涙があふれてくるが、拭って前を見る。
ガーデンへの出勤日。
遅刻気味のユイを心配するあきらの元にユイがいつもの元気な様子で姿を現す。
その髪は短くなっていた。
ユイはあきらを一人、バックヤードに誘いだし、フラれたことを報告する。
髪を切って心機一転を図り、本当に気持ちが切り替わった体験をしたことでユイは美容師への憧れの想いがより強くなるのだった。
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第67話
先を行く二人
あきらが一人、以前バイト帰りに近藤と会話した公園を散策している。
ブーツで落ち葉でを踏みしめ、遊歩道を歩く。
京都旅行で、はるかが高校駅伝の走者を見ている時の幸せそうな表情、翌日、1区を走る際のはるかの笑顔を思い出す。
ユイの美容師になるという決意に満ちた明るい表情を思い出す。
はるかとユイが振り返ってあきらを見ている。
制服姿のあきらは先を行く二人を、その場に立ち尽くして見返している。
ピィー、という音に我に返ったあきらが空を見上げると鳥が飛んでいる。
あきらは白い息を吐きながら、その場でずっと空を見上げている。
近藤の胸に飛び込む!?
ガーデン。
おつかれさまです、とあきらが事務所に入っていくと、近藤が、京都はどうだった、と笑顔で迎える。
左手にはカップを、右手には八ツ橋を掲げている。
近藤をじっと見るあきら。
口元に笑顔を浮かべたままあきらを見返す近藤。
あきらの表情が歪む。
あきらは近藤に駆け寄り、その胸に飛び込む。
「やぁ久しぶりに食うとうまいよねー。」
事務所の入り口に立ったままあきらが、え? と問い返す。
近藤の胸に飛び込んだと思っていたのはあきらの頭の中で巻き起こっていた妄想だった。
近藤はのほほんとした笑顔で、やふはひ(八ツ橋)、と八ツ橋を頬張っている。
京都は楽しかった? と近藤に笑顔で問われ、あきらは、金閣寺がキレイで感動したと答える。
近藤は、燃やしたいくらい美しいってやつだ、と言い、三島由紀夫の金閣寺を読んだことがあるかと続ける。
「…ないです…」
下を向きながら、あきらはロッカーの取っ手に手をかける。
「あ、店長…」
意を決したように近藤に振り返ると、出勤してきたばかりの大塚が近藤と挨拶をしていた。
あきらの呼びかけに気付く近藤に、あきらは会話を持ちかけるのをやめてしまう。
接客しているユイ。
その様子をキッチンの近くでトレイを片手に見ているあきら。
笑顔でお客と相対しているユイは陽光に明るく照らされ、離れた場所でユイを見ているあきらの場所は影がかかっている。
久保に休憩を促され、事務所に行くあきら。
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ツバメ
「あ、おつかれ! またまたいただいてます!」
近藤が、またまた八ツ橋を片手に笑顔であきらを迎える。
あきらは、またまた…好きなのか? と入り口でじっと近藤を見ている。
あっ、と何かを思い出しロッカーを開けるあきら。
店長これ、と近藤に手渡したのはしおりだった。
個別に買って来た京都土産と説明するあきら。
わざわざ!? ありがとう!! と嬉しそうな顔でお礼を言う近藤。
その近藤にときめいている様子のあきら。
こういうのは迷惑じゃないですか? と問うあきらに、近藤は何も考えていないような表情で、全然、と返す。
手編みのマフラーの存在があきらの脳裏に蘇る。
しおりのツバメの模様を見てドアのところにツバメの巣があったが、糞を嫌った久保が壊した、悲しかったと話す近藤。
あきらは、え!? と驚き、窓を開けてツバメの巣のあった場所を見つける。
一羽だけ飛び立たなくてヒヤヒヤしたが、無事巣立っていったと笑顔で話す近藤。
あきらは空を見上げる。
「もしも…仲間と一緒に飛び立てなかったら、そのツバメはどうなってしまうんでしょうか…」
近藤はあきらの右足首を見る。
「飛び立てなくても…」
あきらは近藤が答え始めたので振り向く。
「その地にとどまって得る幸せもあるかもしれないね。仲間たちのことも忘れて…」
あきらは近藤の話をじっと聞いている。
「でも、そのツバメが飛び立たなかった理由がただの諦めであったとしたら…」
「きっと毎日、空を見上げることになる。」
「ずっと…永遠に…」
目を伏せる近藤。
あきらは、黙って近藤を見つめている。
あきらの視線に気づいた近藤は誤魔化すように照れ笑いをする。
そんな近藤も変わらずじっと見ているあきら。
触発
近藤のアパート。
近藤はティーバッグを入れた湯呑に沸かしたばかりのお湯を入れ、テーブルに置く。
湯呑の隣に置かれているあきらからもらったしおりを手に取って眺めている。
火のついた煙草を咥える近藤。
紫煙が部屋を満たす中、持っているしおりをじっと見つめる。
近藤は書斎となっていた隣の部屋のふすまを開けると、積まれた原稿用紙の束の前で万年筆を手に取る。
書斎に電気が灯った。
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感想
「でも、そのツバメが飛び立たなかった理由がただの諦めであったとしたら…」
「きっと毎日、空を見上げることになる。」
「ずっと…永遠に…」
あきらに言ってるんだけど、途中から発言している近藤自身にも言い聞かせていたこの言葉。
近藤はあきらより先に、諦めていた目標に向けて再び歩み始めたんだなぁ。
相変わらず詩的で良い表現だと思う。
細々と小説を書いてはいたが、近年は作品を仕上げることが出来ていなかった近藤は、見事に作品を書き上げるのだろうか。
近藤の人生が何かしらの好転を見せるといいなぁ。
既にあきらとの出会いで近藤の人生は少しずつ良い方向に動いているし、またそれを自覚してると思うけど、もっと自分の中の根本的なところに決着をつけて欲しい。
近藤の場合はそれが小説の執筆であり、そしてあきらにとっては陸上がそれに相当するのだろう。
近藤への想いもあきらにとって重要で、今話でもそれは良く伝わる。
告白以来、近藤への想いにケリがつくどころかどんどん惹かれている。
しかし、今あきらが決着をつけなくてはいけないのは陸上ではないだろうか。
陸上に復帰するでもなく、しかし完全に関係を断ち切るわけでもなく。
あきらはただ、近藤への恋心で陸上への気持ちを抑え込んでいるだけ、とまでは言わないが、まずは陸上に向き合わなければユイやはるかと同じ位置には行けないのだろう。
そもそも高校二年のあきらにとっては三年の夏の大会が最後になる。
早く復帰しないと、仮に出場したとしてもベストを尽くせずに一生後悔することにならないか。
実はあきら自身、はるかやみずきとのやり取りで既にアキレス腱の恐怖よりも陸上への想いが大きくなり、陸上に復帰するきっかけを待っている状態なのだと思いたい。
本当は好きな陸上から目を背けていることから、あきらはユイやはるかに対して疚しさ、心地悪さを感じているのではないか。
あきらから見て、傷つきながらも前に進んでいるユイとはるかは眩しく映っていることは確かだ。
近藤と思うように距離を縮めることも出来ていなければ、陸上への思いもまた燻っているだけの現状に焦りというよりも寂しさを感じているのだと思う。
自分以外がどんどん成長していく、自分だけが取り残された感覚。
なんかわかる気がする。
今まさに青春時代にある人も、そしてかつて青春時代を生きた人も味わったことがある人は少なくないんじゃないだろうか。
少なくとも自分はそうだ。気付いたら周りはみんなどんどん前に進んでいく。
ここまで話を追って来た読者、自分からからしてみれば、あきらは頑張ってるからそんな焦らなくてもいいのに、と思うけど、やはり当の本人からしたらたまらないよなぁ。
いつまでもこのままでいていいのか。そもそも、自分は今いる場所から動けるのか。
ユイやはるかのように前に進むことが出来るのか。
はるか、母、勇斗、みずき、そして近藤……、と、あきらは徐々に陸上への復帰に向けて心を整えているように見える。
物語が進んでいくのにつれて、恋にも陸上にも決着をつけて成長したあきらの姿を見るのが楽しみでもあり、寂しくもある。
以上、恋は雨上がりのように第67話のネタバレ感想でした。
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